ご祭神

事代主神(ことしろぬしのかみ)

ご神徳

商売繁昌の神さま

恵比須神社えびすじんじゃ

御祭神:事代主神(ことしろぬしのかみ)。大国主命の御子神。命名の由来は、事を知る神、つまり正邪を判断する能力に優れているという意味で、謙虚の美徳と話し合いの大切さの意味を含蓄しています。出雲政権下では大国主命の後継者と目されていましたが、天孫への国譲りを承知後は、御祭神の釣り好きを発展させて、漁師漁民の海上安全・漁業守護・豊漁円満を第一位のお役目:御神徳として施されました。父神の大国主命とともに七福神入りされてからは、〔大鯛を左脇に抱き、釣竿を右手に持たれた〕満面笑顔の御尊像の縁起により、『商売繁盛:福の神』=「えべっさん」と呼称され、全国商業者・水産、海運業者らに圧倒的な人気を拡げ、みんなが笑顔になれる、心根の楽しい、福徳円満の神様として尊崇を集められてきました。また、にぎやかな鳴り物を好まれるとも信じられ、大阪市:今宮戎神社での1月9日~11日の「十日えびす」で『商売繁盛笹もってこい!』の金管打楽器・笛太鼓打ち鳴らしながらの大合唱/はやしたて音頭を、毎年御本殿でニコニコされながら聞かれ無限に満悦なされると云います。本宮は白崎八幡宮と同じ中國地方内、島根県美保関町の美保神社(旧:国幣中社)です。中世には「美保大明神」とも称されていました。対岸の至近には境港(さかいみなと)があり、『ゲゲゲの鬼太郎』を中心とした「水木しげるロード」があります。(水木しげる先生は鬼太郎を描いた直筆の色紙を白崎八幡宮宛に御奉納されています。)さらに、岩国とのつながりが深い話が、1570年(元亀1)に兵火に遭った美保神社社殿と門前町を、当時出雲国など11万石を統治していた(関が原合戦のち、岩国領:初代吉川家領主として入封された)吉川広家が復興したという史実です。出雲神話によると、事代主神は夜遊びが好きでいつも朝帰り。これは雄鶏おんどりの第一声が帰宅の合図だった。あるとき、雄鶏が怠けたため、事代主神は大急ぎで帰宅すべく舟を漕いだが、櫂を落としてしまい、足で漕いだところ、鮫に足をかみつかれた。このため美保関では、鶏肉・鶏卵は禁忌で、船乗りは特に神経を使うといいます。これは美保関をこよなく愛した、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)がお気に入りだった神話です。

ご祭神

亀石大神

ご神徳

夫婦円満・家内安全の神さま

亀石神社かめいわじんじゃ

「岩国」(元:磐國と書く)の地名の起こりは、太古の昔から特徴ある〔奇岩の自然巨石〕=〔磐座(いわくら)〕 が何箇所かに点在していたことに因んだと云います。また一説には、その〔磐座(いわくら)の國〕を縮めて「磐國」になったとも云います。その代表的な〔磐座(いわくら)〕のひとつが、現在「岩国山」と称する山の南面山腹・錦見の地に凛として屹立鎮座する「亀石(かめいわ)」です。ある程度遠くからでも肉眼でも遥拝出来ますが、実際に山に登って至近で見ると、まこと首が有って、甲羅が盛り上がって、尾が有って、亀の形にどことなく見えます。その昔、いたずらがてらに神の恐れを知らない若者男子が、「亀石(かめいわ)」に弓矢を打ち放ちましたところ、その矢が当たった箇所から血が流れ出し、その不届き者男子はたちまち気を失って倒れ、高熱を出して三日三晩昏睡で寝込み、後日には地区の長老達からこっぴどくしかられた話=〔磐座(いわくら)〕を侵すべからず:戒めの伝説が残っています。天孫降臨の時、天孫ニニギノミコト・天津神御一行は霧島山の高千穂の峰に降りられましたが、この御一行を先頭で先導したのが国津神を代表する猿田彦大神。大役を果たされた大神は、天津神御一行うちの女神:天宇受売命(あめのうずめのみこと)と仲良くなり、相思相愛していたため、気を効かせたニニギノミコトの助言により、共に連れ立って猿田彦大神の本拠地:伊勢に向かうこととなり、二柱の神様は天翔けり、國翔けり、九州から中国地方・近畿地方にかけての山野を東へ東へと移動されて、無事に伊勢に到着いたしまして、めでたく夫婦となって仲睦まじく楽しく生活したと云い伝えます。現在の岩国山の頂上付近は、その伊勢へ移動道中の経過地であり、休憩の一箇所であろうと考えられまして、神格の高い神様の御事跡には必ず〔磐座(いわくら)〕が存在します。残るものなのです。その〔磐座(いわくら)〕として宛てられたのが「亀石(かめいわ)」なのです。毎年3月20日春分の日には、「亀石(かめいわ)」真下の地域住民有志がこの白崎八幡宮亀石神社に参集し、「亀石(かめいわ)」を遥拝して、神職は太祝詞を上げ、恒例祭典(例祭)を御奉仕いたしております。御祭神は猿田彦大神・天宇受売命・亀石大明神(磐國を太古から守られる地主神様)でございます。この「亀石(かめいわ)」を経由して伸びた岩国山の尾根を「亀の尾」と云いまして、尾根の先端の丘の上:錦見一帯を見晴らかす好立地に、中世/鎌倉・室町時代には歴代の白崎八幡宮太宮司を努めた旧岩国十七ヶ庄の領主見晴らかす好立地に、中世/鎌倉・室町時代には歴代の白崎八幡宮太宮司(だいぐうじ)を努めた旧岩国十七ヶ庄の領主弘中氏の居城「亀の尾城(かめおじょう)」が建っていました。〔城といっても中世の建築物の城は全国全部が山城仕様です。〕

ご祭神

市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)

ご神徳

御神徳・福徳・知恵・財宝・名誉・音楽・美人保持・記憶(ぼけ封じ等)他

弁天神社べんてんじんじゃ

御祭神:弁財天=市杵島比売命(いちきしまひめのみこと)河川守護、水質守護、錦川水系総守護、芸事上達、財運隆昌、美人保持、美人成長
弁財天様は元々はインドの水の神様。琵琶をお弾きになられ「癒し」を主務とされる美しい女神様です。日本に来られてからは美しい女神様と云われる〔市杵島比売命(いちきしまひめのみこと)〕と同一神としてお祀りされていましたが、明治はじめに出された明治新政府の「神仏分離令」によって、体裁上、神社の御祭神は〔市杵島比売命(いちきしまひめのみこと)〕として残し、寺院とは別に離して建立し、弁財天様は寺院でお祀りされる形態を徹底した時代が長く続きました。当白崎八幡宮 弁天神社は「弁天」という名を表に出していますので、「神仏分離令」発令以前の〔市杵島比売命〕=〔弁財天〕同一神という考え方に立脚しております。弁財天様はこの白崎山の麓、錦川(今津川)が淡水最終域に位置しますところから、これより上流一切を、すなわち錦川水系を守護するためにこの地に勧請されました。すなわち、錦川水系でどのような大雨集中豪雨が続こうとも、決して大洪水氾濫することがないように、堤防が決壊など絶対しないように、流水土砂災害・浸水被害が全く起こらないように、一方渇水期にも枯渇することなく、飲料水・生活水・産業用水の提供には不足という事態が全く起こらないように、御守護御加護くださいませ。そういう願いを日夜欠かさずにとりおこなう手向け所です。また、芸事上達、財運隆昌にも弁財天様はお働きなられます。いわずと知れた七福神のうちの一柱神様にございます。
市杵島比売命様は宗像三女神の美神姉妹のうちで、最も美しい女神様でございます。日本に生まれてきた女性がことごとに容姿端麗・美髪美肌・性格温順・理知教養・礼節謙虚な美人でありますように。
今の世の中、男性が軟弱化著しく「草食系」と揶揄されて、女性に声も掛けることも出来ない者が増えている。こういう時代であるがこそ、見た目のみならず、性格までもがしっかりと、男性側に見初められ惚れられて、プロポーズされる美人女性が多くあるべきなのでしょう。
男性は晩婚とか非婚・未婚で、独り身で過ごすのではなく、また、陰湿悪質凄惨な性犯罪ストーカー行為などには決して陥る、はしることなく、今日も全国あちらこちらで明るく健全なプロポーズが円満に成就するように、市杵島比売命様の本意はそういうとことにございます。

ご祭神

御祭神:火産霊神ほむすびのかみ 奥津彦神おくつひこのかみ 奥津姫神おくつひめのかみ 三柱

ご神徳御神徳:台所守護、食材安穂、食生活順調、食中毒退散、火難防止

三宝荒神社さんぽうこうじんしゃ

屋内に竈かまど守護神として「三宝荒神様」をお祀りするのに対して、屋外の祠ほこらや巨石・奇石や塚を「荒神社」としてお祀りする場合が多い。山の神・屋敷神・宅神・村落神の性格もあり、純粋にその家々の先祖伝来の土地の神様と考えて良いかもしれない。その家の御先祖様が最初にお祀りするきっかけというのが、例えば「裏山が急斜面だから、大雨になっても土砂崩れが起こらないように」・・・荒ぶる神がさわりやたたりを起こして禍事まがごとを生じさせないように、平素から荒ぶる神を『荒神様』としてお祀りして手向けて、祠ほこらの中に御幣を祀るか、巨石・奇石や塚に注連縄を巻いたりして、一年に一度は神社の神職に祝詞を上げてもらって、安く穏やかに鎮まられることの継続を御祈念する。そういう神様である場合が多いようです。したがって、ことさらに何の神様か?御祭神の正式名称は?と神職に聞かれても答えようがございません。
本来は「三宝荒神」とは仏教で言う(仏・法・僧)三種に因む表現ですが、白崎八幡宮では「三柱の竈神」という神道的解釈を採用して永く採用しておりますので、仏教額を修められておられる方は宜しく御了承下さい。
三柱あわせて「三宝荒神様」と称する台所の神様。厳密に言えば、竈の守護神様。電気炊飯器が生活に普及するまで、すなわち昭和30年代以前の、それこそ日本国土に火を扱う生活文化の有史以来、縄文時代・弥生時代含めて数万数百年来ずっと、粘土等で竈(釜処)を築きこしらえて、そこに窯を載せ、食材を集めてきて窯に入れ、薪を投じて火を起こし、米も穀物も野菜も肉も魚も煮炊きするには、どうしても必要なのが【火】と【竈】でした。その生活の守護神として、感謝の気持ちを大事にしてきた我々日本人の祖先は、竈守護のため、三柱をお祀りして、厨=台所あるいは食事を摂る居間の鴨居・柱に板を横に這わせ、御幣を三体並べてお祀りし、三宝荒神様の依り代としたのでした。【あくまでも奇数に開運を求め、「1体よりは3体の方がより強力な力が増す。」「3人寄らば文殊の知恵。」みたいな縁起を求めて三体という数の御幣になったのかもしれません。】
また、あえて火の神に言及するなら、荒ぶる方の火の神様、いわゆる「荒魂」系統の火の神様の名は『火之迦具土神』です。イザナギ・イザナミ二伸が協力して生み出した最後の神です。なぜなら、この火の神を生んだためにイザナミ神(母神)は体を焼かれ、黄泉の国に下ることになったのです。それを怒ったイザナギ神(父神)は『火之迦具土神』を斬り殺してしまいました。だから、火事とか火災とか、荒ぶる火の所業は『火之迦具土神』の起こす仕業だとして、恐れおののいて、出来れば遠ざけてきました。しかしながら、一方では食物を煮炊きしたり、風呂を沸かしたり、暖をとったり、生活に必要なのもやはり【火】なのです。そこで、やわらかな火すなわち「和魂」系統の火の神様として、竈の守護神:火難防止の守護神として『火産霊神』をあがめ祀るようになったのです。
地鎮祭や家祓の神職が上げる祝詞の中でも、わざわざ「火災が起こらないように」という表現で「火之迦具土神の禍事無く」と慣用的に頻繁に言霊を使っています。神社神道では上手く「荒魂」と「和魂」を使い分けているのです。

ご祭神

銭亀かえる大明神

ご神徳

蓄財隆昌・家宝豊満・五穀豊穣

銭亀かえるぜにがめかえる

古来、亀は蛇と同じ爬虫類ではあっても、かまれても毒はないし、手足があってどこか愛嬌がある。ましてや甲羅の文様が小判型に見えて、良い縁起を連想したりもする。古代には、五穀の豊作を占うために太占・卜占と言って亀の甲羅や鹿の角を火の中に入れて焼いて、その焦げ具合・ひび割れ具合を見て豊作かどうか不作かどうかまた、豊作のために何か手立てはないかの吉凶を判断していました。だから亀の甲羅は占いに用いるとても神聖な祭具だったのです。また、蛙かえるは両生類ですが、農耕民族日本にあって、田んぼの害虫:羽小虫を食してくれるし、雨が降りそうになると鳴いてくれるし、まさに共存共栄してきました。(マムシが蛙を求めて田んぼに出没するのは嬉しくありませんでしたが)それでもって、商人でもお百姓さんでも、蓄財に長けた人は家の床下などに瓶かめを潜ませて、小判や文銭をそこに貯めておりました。銀行とか金融機関等預け処が無かったわけですから、個人拙宅に貯めて隠しておくしかなかったわけです。だから【銭】を貯める【瓶かめ】→【亀】 それに 【蛙かえる】→【買える】【買うことが出来る】《牛・馬・服・生活物資・食材等》 の語呂合わせが、まさに縁起良く『銭亀かえる』になったわけです。

白崎鎮守社しらさきちんじゅしゃ

白崎八幡宮は、建長二年(1250年=鎌倉時代)に、時の旧岩国十七ヶ庄の領主であった清縄左衛門尉良兼が、氏族の繁栄と領民安穏守護の総氏神・産土大神うぶすなのおおかみとして、今津琵琶首という地に八幡大神を勧請して宮をたてたことに縁起します。鎌倉時代当時は鎌倉幕府は源氏政権であり、全国に守護地頭職など源氏系統の有力者・豪族を配置していました。清縄氏もその一員でした。貞和四年(1348年)に、良兼の子孫:弘中兼胤(清縄を弘中に改称していた)が、神霊からの天啓を感じ、現在地の白崎山に荘厳な社殿を造営し奉遷いたしました。以後、弘中氏の守護職名を〔三河守みかわのかみ〕と称することを鎌倉幕府に認められ、弘中三河守として歴代の白崎八幡宮太宮司を務め、神事・祭典と所領領民の統治政務に携わってきました。しかし、弘治元年(1555)には大内氏に取って替わった横暴な周防長門の武将・陶晴堅に駆り出されて、毛利元就も認めた知将:弘中三河守隆兼でしたが、毛利元就の策略にひっかかった完全負け戦と察知しながら、心ならずも宮島に渡り、かつての盟友:毛利元就の軍勢と戦って打死にし、居城:亀尾城を出立する時の遺言で、孫の良房が白崎八幡宮宮司を継いで、毛利元就の温情をいただき、弘中から今地へ姓を改名し居城を破却すること等で、弘中氏を名義体裁上滅ぼしつつ、血統は残す形となり、以後、宮司:今地氏として今日現在に至っています。この白崎鎮守社は、創建者:清縄左衛良兼、弘中兼胤はじめ、知将:弘中三河守隆兼に至るまでの歴代の武将・太宮司の御神霊を奉斉して顕彰しております。

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